日本の奇祭「久冨盆綱引き」に行ってきた

日本には、「一体なぜこのような風習は始まったのか?」と思える不可思議な伝統行事が多く残っている。そのうちの一つに今回撮影に訪れた。福岡県南に位置する筑後市久富地区で約400年の歴史がある「久冨盆綱引き」である。
「久冨盆綱引き」とは?
8月14日の盂蘭盆(うらぼん)に行われる「施餓鬼」行事で、不幸にして成仏できずに死んだ気の毒な亡者の霊を供養するために始められました。久富地区でこの行事が始まったのは、約370年前の寛永20年(1643年)と言われています。
また寛永18年、19年の大凶作によって、飢えや病気による死者が続出した際に、亡くなった子どもたちの御霊を慰めるため始まったとも言われている。
当日は地区の小学生男児約50人が、全身を炭で真っ黒に塗り、腰にはワラミノ、頭には角に見立てた縄を巻いて黒鬼に変身!直径30センチ、長さ20メートル、重さ約400キロの立派な盆綱を曳いて、「ワッショイ!ワッショイ!」の掛け声とともに約3キロの道のりを練り歩きます。福岡県の無形民俗文化財に指定されています。
今回はコロナ禍の中、3年ぶりの開催ということで規模を縮小して行われた。
盆行事というのは、仏教徒によってできたとされている
日本の神様が太陽や山であった頃(八百万の神々)、鎮魂は神を対象とするものであった。多くは自然災害などによる凶作を鎮めるための祈りにつながっていた。
鎮魂の対象が祖先、あの世の人となったのは、仏教が日本に伝わり魂という考えが人間の魂と捉えられるようになってからである。
久富観音堂盆綱曳きで使用される大綱が観音堂の大きな梁に吊るして練り上げられる様子からも、仏教に由来する行事であることを知ることができた。
あの世とこの世の境目が曖昧になる日本の盆。
見慣れた景色に突如現れる、非日常な奇祭を見ていると、日本に居ながら東南アジアやポリネシアの原住民の行事に迷い込んだように錯覚するうら盆でした。